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伊万里市 その2【くじら】

扱う量は少なくなりましたが、いまでも主力は「くじら」です。
吉善商店「くじら」
(伊万里市三宅町)
【動画】鯨を食す文化を伝え残す使命。(1:20)

「くじらの吉善商店」の歴史

佐賀県伊万里市で4代続く海産物卸業「吉善商店」の歴史はドラマチック。 初代は鮮魚商の家に生まれたものの駆け落ち同然の結婚で家を出たため天秤棒を担いでの魚行商など大変苦労したそう。 そんな初代が結婚から13年後に念願の店を構えた明治25年を吉善商店の創業とするそうです。 2代目が昭和初期より呼子・小川島の鯨を取扱い始め、3代目が戦後の南氷洋捕鯨拡大とともに業容を拡大させ、「くじらの吉善商店」が築かれました。

現社長の4代目・吉原弘雄さんは昭和61年(1986年)に社長に就きますが、翌年南氷洋の商業捕鯨が突然中止に。 調査捕鯨となって激減した入荷を約2年分の鯨肉の備蓄と他の海産物の取引拡大でカバーし現在に至ります。

今でも主力は「くじら」

社をあげてくじら依存からの脱却を進め、現在では売上全体に占める割合は十数パーセントに過ぎません。 かつて大量のくじらを保管した巨大な冷凍庫には様々な水産物が並びますが、いまだに地元の人々にとっては「くじらの吉善商店」であり、社長以下「くじらが主力」との思いは今も強いそうです。

昔は学校給食にも登場したくじらも、食べる機会が減り目にすることもなくなり、少しずつ遠いものになっている面は否めません。 くじらに親しんだ世代がいるうちに、くじらの美味しさを再び思い出し楽しんでもらい、その下の世代に伝えてほしい。 そんな思いでいろいろな機会にくじらをアピールしたいと考えています。

くじらを食べるということ

日本では世界の沿岸地域と同様、古来より海の恵みとしてくじらを食してきました。特に江戸期の「鯨組」による組織的捕鯨の発達で鯨肉消費は広く普及しました。

一方くじらの分厚い皮下脂肪から採れる鯨油は世界で重用され、欧米捕鯨船団の捕鯨目的でした。効率追求が乱獲を招き、回遊頭数の減少で日本の沿岸捕鯨は衰退し、日本の捕鯨船団が南氷洋へ向かう契機となりました。

くじらには特有の背景や議論があるからこそ、くじらの食文化を守り伝えることが、日本人が受け継いできた自然の恵みへの感謝の心や、天然資源に依存するすべての水産業の未来を考えるきっかけになるかもしれません。

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