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第4話 【農業】

みかんで地区の1番になるのは至難の業。
誰もせん事ばしたら1番やろもん!
富田農園 富田秀俊さん
(佐賀県唐津市浜玉町)

【動画】元寇 ゲンコウで勝負だ!(2:33)

農家にはなりたくなかった。継ぐしかなかった

佐賀県唐津市浜玉町平原地区。 明治期からみかんの生産が盛んで、山の斜面にみかん園が広がる土地です。 浜玉町は日本一のハウスみかん産地としても知られています。

富田秀俊さんは1771年に起こった唐津藩の増税を無血撤回させた「虹ノ松原一向一揆」指導者冨田才治の末裔。 豪傑の気風を受け継ぐ富田さんは「農家にはなりたくなかったが、先祖の土地を受け継ぐ長男として仕方なかった」そう。

みかんを作れば高値で売れる時代は過ぎ、過剰供給と人気下降による価格下落で地区は厳しい状況に追い込まれます。 ハウスみかんに活路を見出す農家も現れましたが、「人と同じことをしては共倒れになる」と富田さんは強く思ったそうです。

10年間実らなかった「ビオレソリエス」

田舎の山奥で、農家として成功するには誰も作っていない付加価値の高いものを作らなければならない。 富田さんが目をつけたのがフランス原産の高級黒いちじく「ビオレソリエス」。

早速苗木を取り寄せ、順調に育ったのに全く実がならない。 悪い苗木をつかまされたか?誰にも相談できずに何年も何年も試行錯誤が続きました。

苦労と意地を重ねて10年。ある発想を試したことでついに「ビオレソリエス」が実を結びます。 濃厚で上品な甘みが大評判となり、高級デパート、有名フルーツショップ、一流ケーキ店が競って仕入れました。

現在国内に黒いちじく生産者が数名いるそうですが、独自の栽培方法と徹底した品質管理で他の追随を許さないビオレソリエスの第一人者であり続けています。

食べられない柑橘「仏手柑」そして「元寇」

富田さんは他にも様々な珍しい作物の栽培を手掛けています。 ひとつはインド原産の「仏手柑」。奇妙な形の柑橘には通常食用にする房がなく、砂糖漬けにするくらいしか食べる方法がありません。

そんな「食べられない柑橘」栽培のため、インドと同じ環境を作るハウスを建てた富田さんに知人はあきれたそう。 しかしそんな「仏手柑」が1個数千円で売れることもあるとか。縁起物としてお正月の飾りや生け花に使われるそうです。 食べられる柑橘が1kg数百円。それだけ「仏手柑」が希少なのですが、食物を作るという究極に尊い仕事の報いの少なさにハッとせずにはいられません。

富田さんが今一番力を注いでいるのが香酸柑橘「元寇(げんこう)」。 佐賀県唐津市鎮西町馬渡島原産の固有種で、富田さん自ら馬渡島に渡り、自生する元寇を探し出し、島の方の許しを得て栽培を始めました。

レモンの酸味とみかんの甘みを併せ持つ元寇は様々な料理を美味しく引き立てる名脇役として京都の料亭でも使われるなど人気と評価が高まっています。 富田さんは唐津にしかない「元寇」を地域の宝として様々に活用し、地域の特産品に育てたいと考えています。

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